先月、インターネットの話題をさらったさまようゾウの群れ。2020年3月から、中国南西部から昆明まで500km以上移動を続けた彼らは、移動中に食べ物や水を探し求める中で、人間と接触したり、農地を破壊するという問題を起こしました。この間に、アメリカのアイダホ州では、オオカミが牛や羊を襲うことが引き金になって、州に生息するオオカミを最大90%まで殺処分する法案が可決されました。 「人と野生動物の軋轢(Human-Wildlife Conflict:HWC)」ー野生動物と人間社会の距離が縮まってしまったことで、動物たちは畑や農園に姿を現し、農作物を荒らすようになりました。人間は防衛や、農地を荒らされたことへの報復で動物を殺し、動物たちを絶滅に追いやることに繋がっています。 また、軋轢によって起こるのは、単に収入源を絶たれるだけではありません。世界中の大多数の人々が、保護された野生動物と生態系サービスの恩恵に浴しているのは明らかなのに、HWCによる傷害や死亡、財産や生活の喪失など人への影響は、農民、遊牧民、漁民や先住民、中でもいまだに貧困にあえぐ人々にとって、安全や生活の基盤を脅かすほど深刻であるにもかかわらず、相応の配慮がなされていないのが現実です。また、地域の水源を野生動物たちと共有するコミュニティにとっては、水源へのアクセスが妨げられるなど、野生動物と共存する人々は代償を払うばかりで恩恵を受けることが少ないため、不平等が広がっています。 このようにHWCは、自然保護の課題であると同時に、開発や人道上の課題でもあります。持続可能な開発目標(SDGs)の中でも 、SDGsの目標2「飢餓をゼロに」などに大きく関連しているにもかかわらず、政策担当者はHWCを看過しています。2030年までにSDGsを達成するためには、SDGsの実行計画の中にHWCの解決を明記するともに、生物多様性条約の新たな枠組みの中心に盛り込む必要があるでしょう。 今回、世界自然保護基金(WWF)と国連環境計画(UNEP)が発表した報告書では、HWCが、トラやゾウなどの象徴種の長期的な生存の主たる脅威になっていると警告をしています。特に、世界の野生ネコ種の75%以上がHWCによる殺害の被害を受け、ホッキョクグマやチチュウカイモンクアザラシなど多くの陸棲・海棲の肉食動物や、ゾウなどの大型草食動物にも影響を与えている事を強調しています。 これらの野生動物はすでに、気候変動の影響、森林破壊による生息地の減少、野生動物の違法取引、など数々の要因によって数を減らし、とうとう人との軋轢も加わった現在、絶滅の淵へと追いやられています。 本報告書では、HWCを根絶することは不可能ではありますが、地域コミュニティの全面的な参画を得て軋轢を減らし、人と野生動物の共存につながるアプローチがあると示しています。その成功例のひとつは、アフリカ南部のカバンゴ・ザンベジ国境を越えた保護地域です。家畜がライオンに襲われる事例は、放し飼いをされている牛たちが、夕方から夜にかけて行動をする場所で発生しているというコミュニティからの報告を受け、リスクの高い地域に固定式・移動式のライオン防止柵を設置したところ、2016年には家畜がライオンに襲われる事象は95%も減少し、ライオンを報復によって殺すことも0件(2012年と2013年は17件)となり、絶滅が危惧されたライオンの地域個体群の回復にも繋がりました。
HWCを目の前にしたことがない人でも、Wildlife Friendly Enterprise Networkやレインフォレスト・アライアンスなどの団体が認証したHWCフリーの製品を探すことで、この問題への取り組みに参加することができます。HWCを減らすことは、生物多様性や影響を受けるコミュニティに恩恵があるだけではなく、社会、持続可能な開発と、生産、ひいては世界経済全体にも好機と利益をもたらすのです。 報告書「THE NEED FOR HUMAN-WILDLIFE COEXISTENCE」はこちらから(外部サイト)
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