密猟、密輸、絶滅の危機にさらされる動植物…これらは、私たちにとって本当に関係のない話だろうか。問題が起きている国々から遠く離れた日本では、この手のニュースに触れてもにわかには信じ難い。動物好きの人は、動物が殺されているという事実に心を痛めるかもしれないが、多くの人にはあまり実感なく、日常に埋もれていく。
しかし現在の国際的な違法取引のレベルは、海の彼方で同情を寄せるだけでは済まされないところまで来てしまった。経済のグローバル化が招いた悲劇といえるが、当事国だけで完結できたはずの問題に、今や世界中の国が関与せざるを得ない。物理的距離は水面下では存在せず、地球の隅々まで張り巡らされた貿易の網の目に、稀少な野生動物たちはからめとられ、逃げることは不可能に近い。 国際社会が自然破壊に目を向けるようになったのは、17世紀から始まる世界規模の戦争や、1860年代の産業革命による公害の悪化が、野生動物の生息環境にまで影響を及ぼすことが知られるようになってからである。20世紀にはいると、驚く速さで野生動物が乱獲されるようになり、絶滅に追い込まれる種も出てきた。 1960年代になると、WWF(世界自然保護基金)をはじめ野生動物の保護のために活動するNGO(非政府組織)が、欧米で設立されていく。それと並行して各国政府も、国連人間環境会議の勧告を受けて、1973年にワシントンでCITES(絶滅の恐れのある野生動物の種の国際取引に関する条約。日本ではワシントン条約と呼ばれる)を採択。1975年に発効して、野生動物取引が国際的に管理されるようになった。このような施策が一時は功を奏し、20世紀の終盤には大型野生動物の乱獲も鳴りを潜めた。国際社会が取り組むべき自然環境問題は、個々の生物種の絶滅から、地球規模の気候変動や有害化学物質管理といった課題に移るかのように見えた。 ところが21世紀を迎えると、状況は一変する。各種の規制強化によって、逆に完全に水面下に潜ってしまった大型野生動物の密猟は、人のほとんど来ないジャングルや国立公園の奥深くで、ひそかに急速に過激化した。アジア諸国の経済成長に伴い、ステータスシンボル、さらに薬効成分として需要が急増した、象牙や犀角などの野生動物の部位。闇市場の価格はうなぎ上りで、数年で金の相場をも突破したという。一獲千金を狙って、国際犯罪組織が介入してくるのも時間の問題だった。 現在でも、密猟の主な標的となっているゾウを守るため、アフリカゾウサミット(2013年)のような、違法取引対策に関する関係国会議が開かれてはいる。しかしワシントン条約やこれら個別政府の活動では、まったく補えないほどの速さで、密猟、密売は闇市場の中で大きなウエイトを占め、アフリカゾウは1年に万の単位で命を落とす事態が出現した。 そんな中で、2014年、イギリス王室も呼びかけに加わり、世界46カ国と国際機関等が集まる、野生動物違法取引問題(IWT)に関する国際会議がロンドンで開催された。このように原産国から密輸の中継国、さらに消費国が一堂に会する、大規模な会議は初めてのことだ。経済のグローバリゼーションが引き起こした深刻な脅威に対し、国連総会でIWTに対する決議がなされ、米国務長官だったヒラリー・クリントンがIWT対策に言及するなど、国際社会の違法取引への問題意識の高まりからこの会議が実現した。 この会議では、野生動物違法取引に関するロンドン宣言(London Declaration on the Illegal Wildlife Trade)が、参加国によって採択された。宣言の骨子は以下の4点である。
大型野生動物が多く生息するアジア・アフリカの熱帯地域は、違法取引に関して無法地帯も同然であった。政府の腐敗、政治家や政府高官への賄賂や汚職の横行に、違反時の罰則の緩さ。小さなリスクで多大な利益を得られるこのビジネスは、テロ組織や犯罪集団の資金源としても広まり、生態系だけでなく国家の安全保障までも揺るがしかねない事態を招いた。 たとえ一つの国が取締を強化しても、陸続きのアフリカでは、密猟団はいくらでも法の網の目をすりぬけることができる。密輸ルートを断つためには、原産国のアフリカ大陸全体、そして消費国で違法製品を締め出す、統制された法のバリアが必要なのだ。また地元住民が貧困のゆえに、犯罪に手を染めることもある。豊富な森の知識を持つ彼らにとって、実入りの多い仕事なのである。自然資源に頼り過ぎない持続的な開発によって貧困を減らし、密猟撲滅に協力することで雇用が生まれるような、原産国の内部から犯罪を減らしていく努力が重要なことも認識された。 そして何より、野生動物由来の製品の需要を減らすことは、私たちの責任である。密猟品の多くは先進国で消費され、医薬品、ペット、装飾品、楽器、伝統工芸品など身近なものに使われている。中国、東南アジア、アメリカ、ヨーロッパとともに、日本も主な市場となっている。 こちらの記事もおすすめ→「日本の象牙問題」 コメントの受け付けは終了しました。
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